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解説

第54回定期演奏会《曲目解説》ト短調交響曲 7/7

2012年4月14日 土曜日

 当時のホルンは自然倍音(ド・ド・ソ・ド・ミ・ソ・シ♭・ド・レ・ミ・ファ♯・ソ・・・)しか出せなかったので、ト短調で始められた第一主題から変ホ長調の第二主題に移るときに、調性の異なる一対のホルンがあると常に和声を支えることができる。ヴァンハル、ハイドンはまさにそのような使い方である。しかし、モーツァルト作曲の交響曲第 25 番ト短調KV 183(173dB)のホルンの使い方は、これまでのモーツァルトともヴァンハルやハイドンともまったく異なる。当時のホルンは自然倍音しか出せなかったと述べた。すなわち、G管のホルンで、ソ・シ・レ・ソ・ラ・シ・ドの音を、B管のホルンで、シ♭・レ・ファ・シ♭・ド・レ・ミ♭の音を演奏していた。モーツァルトはこれを巧みに組み合わせて、フィナーレでは、G管のホルンで、『ソ・レ・●―・ラ・ソ・●・ラ・ソ・ラ・レ・ド―・●・ラ・ド・●・ラ・ソ・●・●―・レ・ド・ラ・レ―・●・●―・ラ・レ・ソ―』と演奏させ、B 管のホルンで、『●・●・シ♭―・●・●・シ♭・●・●・●・レ・ド―・●・●・ド・シ♭・●・●・シ♭・ミ♭―・レ・ド・●・レ―・ド・シ♭―・●・レ・●―』と演奏させることで、『ソ・レ・シ♭―・ラ・ソ・シ♭・ラ・ソ・ラ・レ・ド―・(シ♭)・ラ・ド・シ♭・ラ・ソ・シ♭・ミ♭―・レ・ド・ラ・レ―・ド・シ♭―・ラ・レ・ソ―』という旋律が聞こえるようにしている。(●は休符、―は長音)

 本日の演奏会は、モーツァルトのト短調交響曲に先駆けて作曲された、3 つのト短調交響曲を取り上げた。これらの曲が存在しなかったら、モーツァルトのト短調交響曲は生まれなかったかもしれない。しかし、交響曲改革の波の中で、この名曲は生まれるべくして生まれてきた、と考えた方がよさそうである。ブルーメもランドンも次のように指摘している。

 多くの主題は街々に流れる共有財であり、共通に使用した一対の音あるいは旋律の動きが問題なのではなく、彼らがそこから作ったものが問題である。誰がいつ影響したのかは、個々には全く例証できず、基本的に些細なことでもある。(ブルーメ)

 18世紀の作曲家たちの主題を比較して、クリスティアン・バッハのしかじかの主題がモーツァルトのしかじかの交響曲の基になっているといった、危険な遊びはもうやめようではないか。モーツァルトは充分怜悧だったから、ヴァンハルやハイドンの主題の意識的な借用など絶対にするはずがない。(ランドン)

 リヨンのレストランで出されるビフテキに付け合わせられたニンジンのグラッセが赤坂の料亭の人参の煮物とよく似ていると言っているのとなんら変わらない。素材の良し悪しはあるとしても、シェフによって料理は変わる。音楽も同じこと。お互い影響を及ぼしあいながら切磋琢磨して、より良いものに進化していったのであろう。

(2012 年 3 月 19 日)


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